洗面台の影

老 decrepit な木造アパートに住んでいた私は、一ヶ月前に引っ越してきた。狭い部屋の一角にある洗面台だけが気に入らなかった。その昔は白みがかったタイルだったらしいが、今は黄色く老朽化し、黒カビがところどころに繁殖している。窓際にあるため、日がおろそかに差し込むと、暗い床に向けて長く歪んだ影が伸びる。それはただの影ではないと、気が付いたのは引っ越しして数日後だった。「怖くないよ、ただ影だよ」と自分に言い聞かせても、あの影を見るたびに不気味な寒気が走る。そしてある日、いつものように髭を剃っているとき、鏡の反射に映った洗面台の影が、うねったり拡大したりとまるで何かがそこに体をついているかのように動くのを見た。気が狂いそうになりながらも、視線を固定させた。影は一瞬のうちに消え、反射したはずの私自身の姿は、どこか気味悪げ、虚ろな顔で笑っているように見えた。心臓が激しく打ち鳴らしながら洗面台を直視すると、そこには何の影も動かない。私は、血の気が引けて震える指で電気のスイッチを握り込んだ。部屋が暗闇に包まれ、影は再び形成されるかと思った。しかし、その影は二度と見ることはなかった。

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