鏡の中のささやき

古びたマンションの一室で暮らす大学生、研磨は、ある日不思議なことに気づいた。彼の部屋の小さな老朽化した鏡に、時々、薄汚れた顔の女性が映っているのだ。最初は気のせいだろうと思い払いのけていたが、それが毎日繰り返され始めた。 女性の目は研磨を見つめ、ささやく声が聞こえてくるようになった。「あなたも…私と同じように…」。それはひどく不気味なささやきだった。研磨は怖くて鏡を見ることができなくなり、心を悩ませていた。友達に話したこともあろうか…と思って、怖さを打ち明けた部屋の隣人の美濃子。 美濃子は冷淡な表情で言った。「鏡に入っているのは、このマンションの住人を苦しめた女悪霊なんだよ。彼女は自殺した女で、今も恨みを晴らそうとしているんだ」。研磨は恐怖で震えた。美濃子はさらに言った。「彼女は、次の犠牲を探しているみたい…」研磨は部屋に閉じこもって、鏡を見ないようにした。しかし、ささやきが止まなかった。「あなたも…私と同じように…」。 ある夜、研磨は怖くて眠れなくなり、鏡をどうしても見つめたい衝動に駆られた。鏡に映った女性の顔はより鮮明になっていた。彼女の手指が鏡越しに触れるように近づいてくる。「あなたも…私と同じように…」女性のささやきが激しくなり、研磨の喉笛をさす。研磨が鏡から目を離そうとすると、自分の映像が、女性の容姿に変化していった。鏡の中の女性と研磨の姿は一体化し、絶叫が響き渡った。翌朝、隣人の美濃子は、研磨の部屋の光景に息をのんだ。鏡の中で、研磨の姿は消え、何の変哲も無い女性の顔だけが映っていたのだ。唯一残っていたのは、鏡に映った女性の唇に浮かんでいる邪悪な微笑みだった。