忘れられた楽譜

古い家に引っ越してきたばかりの私は、押し入れの中に埃っぽいケースを見つけ出した。その中には、黄ばんだ羊皮紙で書き込まれた楽譜が収められていた。標題は『忘れられた旋律』。興味津々にその楽譜を演奏してみることにした。 ピアノの鍵盤に触れる前から、不穏な静寂が部屋を包み込んだ。ページをめくるたびに、どこか遠くからかすかな悲鳴のような音が響き渡る。鳥肌が立ち上がりながら、私は指先に気遣うことなどなく、譜を読みながら一音一音鍵盤を奏で始めた。 最初に流れてきた音は不気味なまでに透き通っていて、魂まで震わすような哀愁を運んだ。その美しさは鳥肌を立てるほどだったが、同時にそれはどこへ向かうのかわからない不安をもたらした。私はその旋律に引き込まれ、気づけばその場に一人ぼっちで閉じ込められたようだった。窓から差し込む月の光だけが、部屋に白い影を落としてくる。 楽譜を進めるにつれて、音は高昂し、狂気じみた調べに変わった。ピアノから紡ぎ出される音に乗って、どこか遠くから物事の始まりと終わり、怒り、憎しみ、悲しみ、そして絶望といった感情が押し寄せてきた。 私の周りにあるものが視界から消えていくようになり、身体は冷たい汗でびしょ濡れになった。気づけば私は、楽譜を奏でているのではない、楽譜に支配されていると感じていた。その時の私を襲った恐怖は、まるで地獄の淵を見下ろすような感覚に近かった。 楽譜の終わりにやっとたどり着き、私は息を切らしながら静かに鍵盤から手を離した。すると、不吉な静寂が空中に張り詰めた。部屋は僕の魂までも呑み込みそうなほどの暗闇に覆われていた。そして、私の耳には、ただ一つの音が聞こえてきた。 それは、自分を演奏した楽譜を壊して埋め戻した私の影が指差す方向から聞こえる、かすかな笑い声だった。

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