ある田舎の村に住む涼介(りょうすけ)は、都会での仕事を辞めてしばらく実家に戻ることにしました。村は昔と変わらず静かで、夜になると暗闇が一層深く、どこか異様な雰囲気を漂わせています。ある晩、涼介は家の外で何か気配を感じ、窓を覗き込みました。
庭先に黒い影がぼんやりと立っています。最初は木の影かと思いましたが、その影はじっとこちらを見つめているように感じられました。しばらく目をそらさずに見ていると、その影がゆっくりと動き始めました。驚いた涼介は急いでカーテンを閉め、動悸が収まるのを待ちました。
翌日、村の年配の人たちにその話をすると、「ああ、影の住人だよ」と平然と答えられました。影の住人とは、村の夜を彷徨う謎の存在で、目が合うと家までついてくるという話でした。誰もその正体を知りませんが、一度ついて来られたら、どこまでも追いかけてくると言われています。
その夜、涼介は眠れぬまま布団の中で身を潜めていましたが、突然、家の外からゆっくりと歩く足音が聞こえました。少しずつ近づいてくるその足音は、庭から家の前、そして玄関へと移動しているのがわかります。
息を潜めて聞いていると、玄関のドアノブが静かに回る音がしました。涼介は恐怖で身体が動かず、ただ布団の中で震えているしかありません。しばらくして音が止み、やっと落ち着きを取り戻した涼介が布団から顔を出すと、暗闇の中に冷たい視線を感じました。
部屋の隅に、昨夜見た黒い影が立っていました。その影は動かず、ただ涼介をじっと見つめていました。全身が凍りつくような恐怖を感じた瞬間、影が涼介に向かって一歩、また一歩とゆっくり近づいてきます。動けぬまま涼介が目を閉じると、影が彼の耳元で囁きました。「お前も、影になれ」
涼介は朝になっても家族に見つかりませんでした。村では彼が「影の住人」に連れていかれたと噂され、今でも夜になると涼介の家の周りには、黒い影がさまよっていると言います。