町外れに建つ古びた中学校には、旧校舎にまつわる奇妙な噂が絶えなかった。昭和初期に建てられた木造の旧校舎は、新校舎が完成してから使われなくなったが、夜になると2階の教室の灯りが勝手に点灯するというのだ。そして、その光を見た者は、必ずその夜に奇妙な夢を見るとされていた。
裕子は、そんな噂を半信半疑で聞いていたが、友人の奈々と一緒に真相を確かめることを決意した。ある夜、月が曇り空に隠れた頃、二人は忍び足で旧校舎へ向かった。
校舎の前に立つと、そこには何とも言えない圧迫感があった。古びた木製のドアを押し開けると、内部は異様な静けさに包まれていた。床はギシギシと音を立て、長年の埃が足元で舞い上がった。
「本当にここで灯りが点くの?」奈々が不安そうに尋ねた。
「分からないけど、噂を確かめるには2階まで行くしかないよ」裕子は声を震わせながら答えた。
階段を上ると、電気が通っているはずのない教室のひとつから薄暗い光が漏れているのが見えた。二人は顔を見合わせ、そっと教室の扉を開けた。
教室の中には、無人のはずなのに蛍光灯がぼんやりと点灯していた。机や椅子は散乱し、黒板には白いチョークで大きく「帰れ」と書かれていた。
「こんなの、おかしいよ……」奈々が怯えた声を漏らした。
「でも、誰もいないみたいだし……」裕子が教室の中を見渡したその時、背後から足音が聞こえた。
振り向いても誰もいない。しかし、教室のドアが勝手に閉まり、ガチャンと鍵がかかった音が響いた。二人はパニックに陥り、ドアを必死に叩いたがビクともしない。
その瞬間、黒板の「帰れ」の文字がゆっくりと書き換わり始めた。
「お前たちもここに来るな」
言葉を失った二人の前で、教室の机がひとりでに動き出し、中央に集まった。それと同時に、どこからともなく子供たちの笑い声が聞こえた。
「誰かいるの?」裕子が叫ぶと、声がぴたりと止まり、静寂が訪れた。だが次の瞬間、天井に血のような赤い文字が浮かび上がった。
「ここは私たちの場所」
二人は教室の窓を開けようと試みたが、窓は外側から目に見えない力で押さえつけられているようだった。その時、蛍光灯が突然パチンと消え、教室は真っ暗になった。
暗闇の中で、何かが二人の周りを歩き回る気配がした。息を潜める二人の耳元で、低い声が囁いた。
「次は、お前たちだ」
その瞬間、裕子は全身の力を振り絞り、教室のドアを蹴破った。奇跡的に扉は開き、二人は階段を駆け下りて外へ逃げ出した。
翌日、二人は誰にも話せずに登校した。しかし、旧校舎の方を見ると、また2階の教室に灯りがついていた。
そしてその日から、二人の夢には毎晩同じ教室が現れるようになった。夢の中では、逃げ出せる場所などどこにもなく、教室の中で子供たちの姿が近づいてくるのだった。
二人が再び姿を消したのは、それから一週間後のことだった……。