私は田舎の小さな村に住んでいます。この村は山に囲まれ、自然豊かで美しい場所ですが、夜になると異様な静けさに包まれます。ある秋の夜、友人の田中と一緒に、村から少し離れた山の奥にある古い神社へと向かうことになりました。その神社には、長い間訪れる人がいないと言われており、地元では「忘れられた神社」と呼ばれていました。
その神社には、かつて奇妙な儀式が行われていたという噂があり、私たちはその真相を確かめるために、懐中電灯を片手に夜の山道を登っていきました。月明かりが弱々しく照らす中、風が木々の間をすり抜ける音が耳に響き、不気味な雰囲気が漂っていました。
途中、急に風が止み、全ての音が消えたように静まり返りました。その瞬間、どこからか微かに女性の声が聞こえてきたのです。最初は風の音だと思いましたが、明らかに「助けて」という声が聞こえました。田中も同じ声を聞いたようで、顔が青ざめていました。
声のする方角に懐中電灯を向けると、そこには何もありません。ただの木々と落ち葉だけが映し出されました。しかし、声は徐々に大きくなり、はっきりと「助けて、ここにいる」と言っているのがわかりました。私たちは恐怖に駆られながらも、その声の方へと歩みを進めました。
やがて、古びた鳥居が見えてきました。鳥居をくぐると、朽ち果てた神社の建物が姿を現しました。神社の前には、古い井戸があり、その井戸の中から声が聞こえていたのです。田中は震える手で井戸の縁に近づき、中を覗き込みました。すると、突然彼は叫び声を上げ、後ろに倒れ込んだのです。
私は慌てて彼の方に駆け寄りましたが、彼は顔を真っ青にして何かを呟いていました。「誰かが…見ていた…井戸の中から…」と。恐る恐る井戸の中を覗くと、真っ暗な闇しか見えませんでした。しかし、突然井戸の奥から、冷たい風が吹き上がり、女性の悲鳴が耳元で響き渡りました。
恐怖に駆られた私は、田中を引きずるようにして、その場を逃げ出しました。全速力で山を駆け下り、村に戻るまで振り返ることはありませんでした。その夜、田中は高熱を出し、数日間意識を失ったままでした。彼が回復してからも、井戸で何を見たのかは決して話そうとはしませんでした。
それ以来、私はあの神社に近づくことはありません。しかし、時折村の夜になると、あの「助けて」という女性の声が風に乗って聞こえてくることがあります。村の老人たちは、あの神社に閉じ込められた何かがまだ救いを求めているのだと言います。私たちはその声を無視し、二度とあの山には近づかないようにしているのです。