大学生の真奈は、郊外の古びた図書館でアルバイトをしていた。図書館には人がほとんど訪れず、静かな時間が流れていた。ある日、書架の整理をしていると、見慣れない本が棚の隅に置かれているのを見つけた。
表紙は無地で、タイトルや著者の名前はなく、ただ古びた革で覆われているだけだった。不思議に思った真奈は、その本を開いてみた。ページには文字ではなく、不可解な記号がびっしりと描かれていた。ページをめくるたびに、周囲の空気が重くなり、突然、目の前に歪んだ空間が現れた。
真奈が気づいた時には、図書館ではなく、見知らぬ場所に立っていた。
目の前に広がる風景は異様だった。灰色の空、血のように赤い川、そしてその岸辺に咲き誇る薄紅色の彼岸花。そこには生き物の気配はなく、耳をすますとかすかな低いうなり声が風に混じっていた。
真奈は恐怖を感じながらも、もとの世界に戻る方法を探し始めた。周囲を歩き回るうちに、一軒の古びた神殿を見つけた。その入り口には「戻りたいならば供物を捧げよ」と書かれた石板が置かれていた。
神殿の中には巨大な鏡があり、そこに映るのは真奈自身ではなく、彼女をじっと見つめる異形の存在だった。
「ここは死と生の狭間。お前が戻りたければ、代償が必要だ。」
その代償とは、他者の「記憶」だった。真奈は困惑したが、現実に戻るためには選択肢がないと悟り、条件を飲むことにした。
すると、鏡の中から黒い霧が現れ、彼女の手に古びたペンダントを置いた。そのペンダントは記憶を奪う力を持ち、真奈はそれを使うことで元の世界に戻れるという。
再び薄紅の彼岸花の中に立たされた真奈は、ペンダントの力を試すために歩き回った。そして、川辺にたたずむ影のような存在を見つけた。それは、かつてここに迷い込んだ者たちの残骸だった。
真奈は恐怖を感じつつも、影たちの記憶をペンダントで奪い、少しずつ元の世界の扉が開かれる感覚を得た。しかし、影たちの悲鳴や嘆きは耳を刺し、彼女の心を蝕んでいく。
最終的に真奈は元の図書館に戻ることができた。しかし、周囲の人々は彼女を全く覚えていないどころか、自分自身の名前すら記憶が曖昧になっていることに気づいた。代償として奪った記憶は、彼女自身の記憶の一部と引き換えだったのだ。
そしてあの古びた本は再び消えていた。真奈は再び日常に戻ろうとするが、夜になると耳元で囁く声が聞こえる。